生ハムのマリオカート

『NOPE』を見た。

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基本的に私はホラーを見ない。怖いからである。たしかに私は臆病で小心者で腑抜けの腰抜け、尻子玉のひとつも彼女に買ってやれない甲斐性なしの根性なしかもしれない。しかしそれ以上に、ホラーを作る人と激辛料理を作る人は同じように意地悪だと思っている。他人を痛めつけて喜ぶ、その心根が分からない。私のように清い水と豊かな緑とやさしい動物たちに囲まれて育った人間の心は、そうした人々の悪意に耐えられないようにできている。藤崎竜版『封神演義』の竜吉公主が仙界の清い空気の中でしか生きられないのと同じようなものだと考えていただいて結構である。

だから私(竜吉公主)は、ジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』も『アス』も『キャンディマン』も見ていない。人を苦しめるために己の才能を蕩尽するべきではない。

ではなぜ『NOPE』は見ようと思ったかというと、ネット上で「ホラーって言ってるわりには全然怖くねーじゃねーか」と怒っている人がいたからである。なら安心だ。世の中には愛犬家のために、「映画の中で犬がひどい目に遭う映画」を回避するための情報が集められたサイトがあるそうだが、それと似たような感じで「ホラーにカテゴライズされてはいるけど実はそんなに怖くない映画」の情報を集めたサイトをだれか作ってほしい。

結論として、『NOPE』はめちゃおもしろかった。一応怖くはあったが、旨味を感じられる程度の怖さだった。新宿西口の小滝橋通りで例えると、蒙古タンメン中本は私には辛すぎるが、175°DENO担担麺の汁なし担々麵なら美味しくいただけるのと似たような原理である。予告編にも出てくるのでネタバレというほどでもないと思うが、序盤はちょっと頼りなかった主人公が、映画のラストのほうで鮮やかなオレンジ色のパーカーを着て敵の注意を引きながら馬で疾走するシーンはカッコよかった。

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以前『ラ・ラ・ランド』とか『アンダー・ザ・シルバーレイク』とかについて書いた時もぼんやり考えていたことだが、ハリウッドという場所は(当然ながら)なにかを「見る/見せる/見られる/見せびらかす/見世物にする」というところに異常なまでの執着を抱えている土地柄なのだな、ということを今回『NOPE』を見てまた思った。『NOPE』はまさに、人智を超えた強さを持つなにかを見ることの純粋な喜び、そしてそれを見世物として手中に収めようとすることの危険と害悪、その両面を描き出そうとしていた映画だった。ショービズ最大手のアメリカという国に陰謀論とかUFOとか新興宗教とか、見たいものだけを見るタイプの物語がはびこり続けることの理由も、同じレールの上で説明をつけられるのかもしれない。

そういえば、アジア系の人が出てるな、と思って見ていたが、イ・チャンドンの『バーニング』に出ていた人だとは気づかなかった。たいして映画に詳しいでもない私が気づくわけがない。映画のあとにはBERGでビールとポークアスピック。前の客が落としていったらしい生ハムを踏んづけてしまい、そんな生ハムのマリオカートみたいなことがあるだろうか?と思った。

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