2024-01-01から1年間の記事一覧

哀れな土地、波打つ人びと

たまに行く小さな映画館がかつてないほどの人で賑わっていて、みな列をなしてパンフレットを買い求めている。館内に入れない。何事かと思ったら、俳優の井浦新が舞台あいさつに来ていたらしい。私にとって井浦新と言えば、昔モスクワで見た三島由紀夫の伝記…

嵐を呼ぶアファーマティヴ・アクション帝国の逆襲

クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』では、登場人物が"Russian"と発声している箇所が、字幕ではことごとく「ソ連の」と訳されており、気になった。嫌だった、と遠回しに主張しているのではなく、単純に気になったのである。それを見るちょうど…

白き頁に触れもみで

『ア・ゴースト・ストーリー』を見た。良かった。おばけに手が触れそうで触れないところなどが。 www.youtube.com ニーチェっぽい、という感想を目にしたが、本棚に"NIETZSCHE"と書かれた本がおもいっきり置いてある。 これすね? 背表紙を見ていくと、ほか…

食べればナイトメアが必ず見れる

変な時間に寝ると変な夢を見る。みじめな我々の住む有為転変の世界では常識である。 ① 生家の玄関先に立っている。ふと空を見上げると、羽をたたんだままこちらに滑空してくる鳥と、しっかりと目が合う。私を睨んでいるかのようだ。鳥はそのまま我が家の植え…

どこかに美しい映画村はないか

最近劇場で見た映画が、タルコフスキー、タル・ベーラ、ビクトル・エリセと、「シネフィルに憧れるしゃらくさい大学生」スターターセットみたいな感じになってしまった。実際のところ、私のメンタリティはシネフィルに憧れるしゃらくさい大学生と同じ村に住…

お前は赤ままの花やカザフのうどんを歌うな

「カザフスタンに何しに行くの」と姉に問われる。 本当のことを答える義理はない。厳密に言うと、義理はある(血がつながっているので)が、答えて理解してもらえるかどうかは分からない。 私は少し考えて「カザフうどんを極めに行くのだ」と答える。 「うど…

家父長は心配症

カザフスタン滞在中のある日、その日に成すべき用事が済んで時間が空いたので、たまたま見かけた映画館に入ってみた。 どうせ見るなら、わけがわからなくても国産のカザフ語映画がいい。しかし、あまりに意味不明だった場合つらいので、上映時間が短めのコメ…

最速!アルマトイの書店情報を取って出せ

何に比して「最速」なのか、疑問に思う向きもあるだろう。しかしそういうことを考え始めてしまう時点で、あなたはすでに最速から一歩遅れを取っている。現代では、生き馬の目を抜いている人間の戸籍を勝手に抜いておくくらいでないと、最先端の競争からは取…

ナマスカラーム、親しからむ男女

カレー屋で隣の席に、友人以上恋人未満みたいな男女が座っている。男がずっと仕事の苦労話や心構えを語り、女が半分くらい敬語を混ぜながら応答している。これは愛なのだろうか?隣席のカップルの会話など聞くな、という話だが、聞くともなくすべて耳に入っ…

足立のすべて

この人どっかで見たなあ…最近なあ…と思いながら2時間の映画を見る。『王国(あるいはその家について)』に出ていた足立智充さんという方だった。売れっ子だ。 昨年見た同じ監督の『ケイコ 目を澄ませて』が抜群に良く、『きみの鳥はうたえる』もけっこう良か…

王国(あるいは鮮魚の天ぷらについて)

昼時を逃して、中途半端な時間でも開いている飲食店を検索していたら、「金沢には天ぷら屋がない」という、天ぷらの智恵子抄みたいな書き込みをGoogle Mapに見つけた。ほんとのところはどうなのか、数を数えたわけではないから分からないが、実感としてはた…

体には蜂蜜、飲酒運転には厳罰

「今やキルギス人が旦那ってわけだ。連中はごろごろして、クムス[馬乳酒]を飲んでるだけ。連中の畑仕事はロシア人が半分肩代わりさ」*1 (T・マーチン『アファーマティヴ・アクションの帝国』より) 前作の『馬を放つ』より好きだったかもしれない。主人公…

将棋魚津

「良い女の子は天国に行ける。悪い女の子はどこにでも行ける」。しかしそれを言うなら、車を持ってるおっさんはその心根の善悪にかかわらず大抵の場所には行ける。おっさんがどこに向かおうが、ほとんどの人の興味を引かないだけである。 というわけで(?)…

僕の地球をマムって

訳者の先生にいただいてしまった。 そもそも、私のようなものが本をもらってもいいのだろうか。本は紙でできているというのに。 自慢がしたいわけではない。義によって宣伝をしなくてはならない。ただ単純に、マムレーエフが日本語で読めるというのは画期的…

秋風や水に落ちたる空のいろ――「十月の草稿は忘却の彼方に」篇

昨年10月、東京国際映画祭に行った。その後、そのとき見た『Air』という作品の評を書こうとしたのだが、ほかの戦争映画との比較とかしないとダメかなあ……と身構えすぎたため身動きが取れず、結果つまらない感想文が出力され、放置されていた。 「明日やろう…

おじさんはああどこからくるの 陽気な人ごみにまぎれて消えるの

「清澄白河」という文字面を目にするたび、牛乳がうまそうな地名だと思っているが、それはおそらく清里高原の間違いなのであった。 正月休み。その清澄白河にある東京都現代美術館に赴いた。タダでもらえるパンフレットがずいぶん凝っている。 横尾忠則は撮…