哀れな土地、波打つ人びと

たまに行く小さな映画館がかつてないほどの人で賑わっていて、みな列をなしてパンフレットを買い求めている。館内に入れない。何事かと思ったら、俳優の井浦新が舞台あいさつに来ていたらしい。私にとって井浦新と言えば、昔モスクワで見た三島由紀夫の伝記…

嵐を呼ぶアファーマティヴ・アクション帝国の逆襲

クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』では、登場人物が"Russian"と発声している箇所が、字幕ではことごとく「ソ連の」と訳されており、気になった。嫌だった、と遠回しに主張しているのではなく、単純に気になったのである。それを見るちょうど…

白き頁に触れもみで

『ア・ゴースト・ストーリー』を見た。良かった。おばけに手が触れそうで触れないところなどが。 www.youtube.com ニーチェっぽい、という感想を目にしたが、本棚に"NIETZSCHE"と書かれた本がおもいっきり置いてある。 これすね? 背表紙を見ていくと、ほか…

食べればナイトメアが必ず見れる

変な時間に寝ると変な夢を見る。みじめな我々の住む有為転変の世界では常識である。 ① 生家の玄関先に立っている。ふと空を見上げると、羽をたたんだままこちらに滑空してくる鳥と、しっかりと目が合う。私を睨んでいるかのようだ。鳥はそのまま我が家の植え…

どこかに美しい映画村はないか

最近劇場で見た映画が、タルコフスキー、タル・ベーラ、ビクトル・エリセと、「シネフィルに憧れるしゃらくさい大学生」スターターセットみたいな感じになってしまった。実際のところ、私のメンタリティはシネフィルに憧れるしゃらくさい大学生と同じ村に住…

お前は赤ままの花やカザフのうどんを歌うな

「カザフスタンに何しに行くの」と姉に問われる。 本当のことを答える義理はない。厳密に言うと、義理はある(血がつながっているので)が、答えて理解してもらえるかどうかは分からない。 私は少し考えて「カザフうどんを極めに行くのだ」と答える。 「うど…

家父長は心配症

カザフスタン滞在中のある日、その日に成すべき用事が済んで時間が空いたので、たまたま見かけた映画館に入ってみた。 どうせ見るなら、わけがわからなくても国産のカザフ語映画がいい。しかし、あまりに意味不明だった場合つらいので、上映時間が短めのコメ…

最速!アルマトイの書店情報を取って出せ

何に比して「最速」なのか、疑問に思う向きもあるだろう。しかしそういうことを考え始めてしまう時点で、あなたはすでに最速から一歩遅れを取っている。現代では、生き馬の目を抜いている人間の戸籍を勝手に抜いておくくらいでないと、最先端の競争からは取…

ナマスカラーム、親しからむ男女

カレー屋で隣の席に、友人以上恋人未満みたいな男女が座っている。男がずっと仕事の苦労話や心構えを語り、女が半分くらい敬語を混ぜながら応答している。これは愛なのだろうか?隣席のカップルの会話など聞くな、という話だが、聞くともなくすべて耳に入っ…

足立のすべて

この人どっかで見たなあ…最近なあ…と思いながら2時間の映画を見る。『王国(あるいはその家について)』に出ていた足立智充さんという方だった。売れっ子だ。 昨年見た同じ監督の『ケイコ 目を澄ませて』が抜群に良く、『きみの鳥はうたえる』もけっこう良か…

王国(あるいは鮮魚の天ぷらについて)

昼時を逃して、中途半端な時間でも開いている飲食店を検索していたら、「金沢には天ぷら屋がない」という、天ぷらの智恵子抄みたいな書き込みをGoogle Mapに見つけた。ほんとのところはどうなのか、数を数えたわけではないから分からないが、実感としてはた…

体には蜂蜜、飲酒運転には厳罰

「今やキルギス人が旦那ってわけだ。連中はごろごろして、クムス[馬乳酒]を飲んでるだけ。連中の畑仕事はロシア人が半分肩代わりさ」*1 (T・マーチン『アファーマティヴ・アクションの帝国』より) 前作の『馬を放つ』より好きだったかもしれない。主人公…

将棋魚津

「良い女の子は天国に行ける。悪い女の子はどこにでも行ける」。しかしそれを言うなら、車を持ってるおっさんはその心根の善悪にかかわらず大抵の場所には行ける。おっさんがどこに向かおうが、ほとんどの人の興味を引かないだけである。 というわけで(?)…

僕の地球をマムって

訳者の先生にいただいてしまった。 そもそも、私のようなものが本をもらってもいいのだろうか。本は紙でできているというのに。 自慢がしたいわけではない。義によって宣伝をしなくてはならない。ただ単純に、マムレーエフが日本語で読めるというのは画期的…

秋風や水に落ちたる空のいろ――「十月の草稿は忘却の彼方に」篇

昨年10月、東京国際映画祭に行った。その後、そのとき見た『Air』という作品の評を書こうとしたのだが、ほかの戦争映画との比較とかしないとダメかなあ……と身構えすぎたため身動きが取れず、結果つまらない感想文が出力され、放置されていた。 「明日やろう…

おじさんはああどこからくるの 陽気な人ごみにまぎれて消えるの

「清澄白河」という文字面を目にするたび、牛乳がうまそうな地名だと思っているが、それはおそらく清里高原の間違いなのであった。 正月休み。その清澄白河にある東京都現代美術館に赴いた。タダでもらえるパンフレットがずいぶん凝っている。 横尾忠則は撮…

С наступающим Новым годом!

なんの気なしにロシアのマガダンという町のストリートビューを眺めていたら、日本語が書かれたトラックを発見した。 いったいどのような経路で、はるばるこのパルコヴァヤ通りまでたどり着いたのだろう。どんな人が、何のために買ったのだろう。2021年の画像…

アンダープレッシャー

現代人は日々途方もないプレッシャーにさらされ疲弊している。上司、教師、父、母、夫、妻、友人、彼氏、彼女、同期、顧客、フォロワー、マスコミ、世間、試験、受験、就活、常識、責任、迷信、憶測、猜疑、陰謀、風説、風雪、太陽、大地、大気、深海、闇、…

鬼太郎はリモコン下駄を履かされている

数か月前に買った缶のハイボールは正気を疑うほど高くて、飲むのがもったいないもったいないと思い続けるうち飲む機会を逸していた。しかし先日『駒田蒸留所へようこそ』を見たことが、今日飲まずしていつ飲むとおのれを鼓舞するきっかけとなり、ようやくふ…

2016年のかぼちゃビール

コンビニで「芋」ビールを見つけた。最初は芋焼酎のソーダ割りかなにかかと思ったが、パッケージに「ホップ」とあったので、ビールと分かった。 これを飲んで思い出したことがある。7年ほど前、金はなく、それでもなんとかして日々の生活にアルコールの彩り…

ドス禁

以前家族から「ドストエフスキーはソ連でどのように読まれていたのか」と問い合わせがあった。そういうことは私でなく当事者であるドストエフスキーかソ連に問い合わせるべきだ。 どうしてそんなことになったのかというと、SNS上で「ドストエフスキーはソ連…

読むな!読め!甦れ!

10年くらい昔の話、「世界文学」というタームが界隈で地味な流行の兆しを見せていた(?)とき、当時の私は「翻訳」とか「越境」とかそういった問題系にあまり興味がなかったので、「またなにかメリケンから思想の黒船が来とるワ、開国シテクダサイ」と斜に…

夢でもしふるえたら 素敵なことね

変な時間に寝ると変な夢を見る。みじめな我々の住む有為転変の世界では常識である。 バスツアーのようなものに参加している。本当は姉と一緒に参加するはずだったが、仲たがいしたのか、私一人で参加している。なぜか出発が夜中だし、行き先がわからないし、…

なぜめぐり逢うのかを、私たちは

この世界には、〈心を14歳に置いてきたおじさんたち〉が生きている。 〈心を14歳に置いてきたおじさんたち〉は生命力に乏しく、安全な山奥では十分な糧を得ることができないため、ひと気のない夜などに水場や食糧を求めて人里に下りてくるケースがあるが、た…

私の頭の中の白無垢

富山県は入善(にゅうぜん)町に「下山」という地域がある。読み方を「にざやま」という。 という、などと偉そうに言っているが、そこに「下山芸術の森 発電所美術館」というものがあるという情報を得たときは当然「しもやま」と読むものと思ったので、調べ…

恋と愛の天国

映画『人生フルーツ』を見たのは数か月前のことだが、お盆休みに愛知県に行く用事があって、時間があったので、舞台となった高蔵寺ニュータウンに足をのばした。「なんでそんなところに?」と口々に聞かれたが、『人生フルーツ』を知っている人の数はとても…

それは大きな穴のような

『奈落のマイホーム』。 www.youtube.com 昨年、同じく韓国の映画である『なまず』を見たが、そこでもシンクホール(都市部の陥没事故)が重要なモチーフになっていたことを思い出した。日本でも少し前に福岡で大規模な道路の陥没事故があったので、ぜんぜん…

タジク人たちはどう生きるか

『ルナ・パパ』が良かった。大変良かったというべきかもしれない。 『コシュ・バ・コシュ』も良かったというべきかもしれない。 時めぐって、私の住む町にもフドイナザーロフ特集が巡回してきたので、上記2作品を見ることができた。町にやってくる紙芝居屋を…

ほんとの日付は秘密だよ

先日見た『ジェントル・クリーチャー』にも出演していた Лия Ахеджакова という女優と誕生日が同じだということを、Facebookで流れてきた投稿を見て偶然知った。知って、なんとなく嬉しかったのだが、誰に伝えたところで伝わるでもない。ためしにここに書い…

酔いもせず(する)

変な時間に寝ると変な夢を見る。みじめな我々の住む有為転変の世界では常識である。 ① どこかの会社に勤めている。休日出勤をしている。すると、普段から気になっている同僚の女性もまた出勤してくる。髪型がボブっぽくていい。斜め前のデスクに彼女がいるこ…