映画

哀れな土地、波打つ人びと

たまに行く小さな映画館がかつてないほどの人で賑わっていて、みな列をなしてパンフレットを買い求めている。館内に入れない。何事かと思ったら、俳優の井浦新が舞台あいさつに来ていたらしい。私にとって井浦新と言えば、昔モスクワで見た三島由紀夫の伝記…

白き頁に触れもみで

『ア・ゴースト・ストーリー』を見た。良かった。おばけに手が触れそうで触れないところなどが。 www.youtube.com ニーチェっぽい、という感想を目にしたが、本棚に"NIETZSCHE"と書かれた本がおもいっきり置いてある。 これすね? 背表紙を見ていくと、ほか…

どこかに美しい映画村はないか

最近劇場で見た映画が、タルコフスキー、タル・ベーラ、ビクトル・エリセと、「シネフィルに憧れるしゃらくさい大学生」スターターセットみたいな感じになってしまった。実際のところ、私のメンタリティはシネフィルに憧れるしゃらくさい大学生と同じ村に住…

家父長は心配症

カザフスタン滞在中のある日、その日に成すべき用事が済んで時間が空いたので、たまたま見かけた映画館に入ってみた。 どうせ見るなら、わけがわからなくても国産のカザフ語映画がいい。しかし、あまりに意味不明だった場合つらいので、上映時間が短めのコメ…

ナマスカラーム、親しからむ男女

カレー屋で隣の席に、友人以上恋人未満みたいな男女が座っている。男がずっと仕事の苦労話や心構えを語り、女が半分くらい敬語を混ぜながら応答している。これは愛なのだろうか?隣席のカップルの会話など聞くな、という話だが、聞くともなくすべて耳に入っ…

足立のすべて

この人どっかで見たなあ…最近なあ…と思いながら2時間の映画を見る。『王国(あるいはその家について)』に出ていた足立智充さんという方だった。売れっ子だ。 昨年見た同じ監督の『ケイコ 目を澄ませて』が抜群に良く、『きみの鳥はうたえる』もけっこう良か…

王国(あるいは鮮魚の天ぷらについて)

昼時を逃して、中途半端な時間でも開いている飲食店を検索していたら、「金沢には天ぷら屋がない」という、天ぷらの智恵子抄みたいな書き込みをGoogle Mapに見つけた。ほんとのところはどうなのか、数を数えたわけではないから分からないが、実感としてはた…

体には蜂蜜、飲酒運転には厳罰

「今やキルギス人が旦那ってわけだ。連中はごろごろして、クムス[馬乳酒]を飲んでるだけ。連中の畑仕事はロシア人が半分肩代わりさ」*1 (T・マーチン『アファーマティヴ・アクションの帝国』より) 前作の『馬を放つ』より好きだったかもしれない。主人公…

秋風や水に落ちたる空のいろ――「十月の草稿は忘却の彼方に」篇

昨年10月、東京国際映画祭に行った。その後、そのとき見た『Air』という作品の評を書こうとしたのだが、ほかの戦争映画との比較とかしないとダメかなあ……と身構えすぎたため身動きが取れず、結果つまらない感想文が出力され、放置されていた。 「明日やろう…

鬼太郎はリモコン下駄を履かされている

数か月前に買った缶のハイボールは正気を疑うほど高くて、飲むのがもったいないもったいないと思い続けるうち飲む機会を逸していた。しかし先日『駒田蒸留所へようこそ』を見たことが、今日飲まずしていつ飲むとおのれを鼓舞するきっかけとなり、ようやくふ…

なぜめぐり逢うのかを、私たちは

この世界には、〈心を14歳に置いてきたおじさんたち〉が生きている。 〈心を14歳に置いてきたおじさんたち〉は生命力に乏しく、安全な山奥では十分な糧を得ることができないため、ひと気のない夜などに水場や食糧を求めて人里に下りてくるケースがあるが、た…

恋と愛の天国

映画『人生フルーツ』を見たのは数か月前のことだが、お盆休みに愛知県に行く用事があって、時間があったので、舞台となった高蔵寺ニュータウンに足をのばした。「なんでそんなところに?」と口々に聞かれたが、『人生フルーツ』を知っている人の数はとても…

タジク人たちはどう生きるか

『ルナ・パパ』が良かった。大変良かったというべきかもしれない。 『コシュ・バ・コシュ』も良かったというべきかもしれない。 時めぐって、私の住む町にもフドイナザーロフ特集が巡回してきたので、上記2作品を見ることができた。町にやってくる紙芝居屋を…

やさしい おんな やさしくない おんな そんなの ひとの かって

6月11日で公開期間は終了してしまったが、とある映画配信サイトでウクライナやジョージア、ルーマニアなどの日本未公開映画を配信していて、そのラインナップにロズニツァの未見の作品が含まれていたので視聴した。こういうのは地方住まいの人間には本当に便…

望まぬ運命が不幸とは限りませぬ

オタール・イオセリアーニの『唯一、ゲオルギア』(1994)を見に行けてよかったなと思っている。 「ノンシャランと行きましょう」て 金沢のシネモンドという映画館で見たのだが、近所で昼飯を食えるところを探していたら「グルジア料理とフランス料理の融合…

確定申告を考え出したやつは本作を見て出直したほうがいい

映画『コンパートメント№6』の冒頭、主人公のラウラがモスクワで参加しているパーティで、参加者のひとりがペレーヴィン『チャパーエフと空虚』(1996)の一節を引用する。これは小説の主人公ピョートル・プストタが、彼の担当医である精神科医チムール・チ…

あなたがたがいてくれること、いてくれたこと、そしてこれからもいてくれるであろうことに!

渋谷のシアター・イメージフォーラムというのは不思議な映画館で、「不思議」というのはこれでもかなり曖昧な言い方を心がけているのだが、ほかの映画館ではあまり見ない事態に遭遇する確率が高い印象を持っている。そもそも多くのお客さんをさばくために設…

ただ垂直方向に落ちていく暗く深い、深い穴

過去の話ばかりしている人間に晩夏の風。『夏へのトンネル さよならの出口』とは一体なにか?これはつまり、過去にとらわれるな、というお話。 ネット上で「ジェネリック新海」という秀逸な評価を下している方がいらしたのでいそいそと見に行ったのが、なる…

生ハムのマリオカート

『NOPE』を見た。 基本的に私はホラーを見ない。怖いからである。たしかに私は臆病で小心者で腑抜けの腰抜け、尻子玉のひとつも彼女に買ってやれない甲斐性なしの根性なしかもしれない。しかしそれ以上に、ホラーを作る人と激辛料理を作る人は同じように意地…

むみんスイッチ

ウォン・カーウァイ『花様年華』を見た。 他人の不倫には毛ほども興味がないので見ている間じゅうひどく眠くて、それで思い出したのだが、以前『恋する惑星』を家で見ていた時も眠くてたまらなかった。カーウァイ作品は私の生の奥深くに手を差し込み、そこに…

説教はデジャヴ

きれいじゃなくたっていい 考えすぎないほうがいい 上手でも味がなくちゃつまんない 坂本真綾「シンガーソングライター」 皆はまだ恐れている、見た映画の感想を言うことを。映画オタクを名乗るには知識が不足している?そう思うか? しかし、映画の感想なん…

ハマグチェ

今週早稲田松竹で濱口竜介のまだ見てないやつ、すなわち『PASSION』と『永遠に君を愛す』*1をやってるので、見た。2本立てで1300円って安いよね。今回はどちらも『偶然と想像』との併映だったのでそっちは見てへんが。 どうしてそんなに興味があるの、という…

のっぽさん

先日のふざけた感想群と一緒にするのも気が引けたので別枠となったが、『戦闘と女の顔』はとてもよかった。 監督自身がインスパイアされていると言ってはいるものの、邦題はやり過ぎなほどアレクシエーヴィチの著作に寄せられていて、なんか紛らわしい。原題…

愛ではまだ足りない?

Tell me where to goLove is not enoughWhen love is not enoughTell meWho can I run to? 坂本真綾「ダニエル」 皆はまだ恐れている、見た映画の感想を言うことを。映画オタクを名乗るには知識が不足している?そう思うか? しかし、映画の感想なんて何でも…

とっても大好きコルネリア

「じゃ、没落の後は、なにが来るのかしら?」 ファビアンは、鉄格子のうえに垂れている小枝をむしり取って、こう答えた。「愚かさが来るんじゃないか、と心配してる」 (ケストナー『ファビアン:あるモラリストの物語』より*1) 『さよなら、ベルリン:また…

スコーンを焼く者はケーキをも焼く

姉に薦められて見始めた『ブリティッシュ・ベイクオフ』というNHKの番組がめっちゃおもしろい。イギリスの焼き菓子特化テレビチャンピオンみたいな番組だが、審査員のポールとメアリー、司会のスーなどのキャラが良くて、私は彼らのモノマネ(吹替ver.)を身…

あなたは金魚

妻がなく子がなく友がなく趣味がなく仕事場でしか人間関係がない40代男性は孤独に苛まれ泣き暮れて誰にも気づかれず干からびていくほかない。そんな人間は、水槽から飛び出てミイラ化していく金魚のようなものだ。惨めだ。そんな記事をウェブ上で読んだ。そ…

カーチャとワーシャ、学校に行く

『ヘィ!ティーチャーズ!』というロシア映画を見た。 原題は『カーチャとワーシャ、学校に行く』"Катя и Вася идут в школу"だそうで、モスクワで学んだ2人の若い教員が地方の学校に赴任して苦闘する1年を追っかけたドキュメンタリー。東京では渋谷のユーロ…

ハリウッドをやっつけろ!〜熱闘編~

みんなが見た映画をただ順番に言っていく。そういうコミュニケーションを取ったほうがいい。取らないよりずっといい。 金曜日に『ナワリヌイ』を見た。毒殺は本当にダメ。毒殺を許すな。 先週の日曜日には『トップガン マーヴェリック』を見た。アメリカ映画…

女狙撃兵100%

午前中に仕事に出たついでに、シネマヴェーラのウクライナ映画特集でキーラ・ムラートワの『長い見送り』を見るんだわと思い立ち、ただ17時の上映開始まではだいぶ間があいていたので、ついでに『女狙撃兵マリュートカ』を見た。 主人公の赤軍の女性兵士と、…