わたしパパよね

外国。

日中に用事を済ませ、しかし夏の陽はまだ高いので、そのままホテルに直帰、ご飯、寝る、という流れはすこし惜しいような気がするとき、映画館に寄るというのはよい選択肢かもしれない。美術館や博物館では結局また立ちっぱなしになるばかりだし、そもそも夕方には閉まってしまう。その点、映画館なら涼しいし、つまらなくても座っていればいいだけだし、8時でも9時でもやっている。前から実践していた旅のコツというわけでもなく、今回はたと気づいただけだが。

そんなこんなで、カザフスタンで新作映画を3本見た。日本ではまず上映されないだろうし、配信サービスにも上がってこないだろう。しかしそういうものこそ現地の雰囲気、レアリアを捕まえるために役立つ。

 

①『兄弟』

と言いつつ、一本目の『兄弟(Братья)』にはどっちかというと国際映画祭的風味を感じて、渋谷の映画館とかでかかっていても違和感はないな、とは思った。ダルハン・トゥレゲノフという、1993年生まれの若い監督が満を持して撮った長編のようだ。


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孤児院を出た主人公の青年が叔父に会いに行く。そこで、自分を捨てた父がまだ生きているのではないかということ、そして実は主人公には血を分けた弟*1がおり、裕福な家庭で暮らしていることなどを聞かされる。その弟は、新しく迎え入れられた叔母夫婦の家で表向きはなに不自由なく暮らしている(兄が基本カザフ語話者であるのに対し、弟は家庭でロシア語を話すのも象徴的)が、非常に強権的な義父(韓国系でキリスト教徒)のもとで鬱屈した日々を送っており、兄に出会ったことをきっかけに、ついに父に逆らって家出し、兄とともに本当の父を探す旅に出る。

ストーリー自体は、面白くはあるが、そこまで重く響いたわけではなかった。強盗や殺人や不法入国という罪を犯してまで自分を捨てた父を探しに行く(復讐ではなく、頼りに)という筋書きが、現代の日本、というか私個人の感覚からかけ離れているような気がしてしまった。要するに「そこまでせんでも」ということである。もちろん、親に捨てられたがゆえに今現在の不遇があるというときに人が何をするのか、すべきなのか、私が勝手に決めつけることもできないのだが、ならばと別の言い方をすると、今の日本の映画なりエンタメなりでは、「父性」などというものはなるべく脱臭・脱色されてしかるべき存在なわけで、こういうプロットを考えてきましたといっても、主人公の動き方についてはかなり再考を促されそうな予感がしてしまう。そこまで父にこだわることに、もう一、二回り動機づけが必要とされるのではないだろうか。

非常に良いなと思ったのは、兄弟を演じるふたり、そして主人公がとりあえずあてがわれたシェアハウスに先に住んでいる男、こうした面々の顔立ち、演技だ。脇役と言えば脇役であるところの、兄弟を犯罪に引き込んでいくめちゃくちゃなルームメイトを演じるアザト・ジュマジルという俳優は、かなりあざとかわいい系のイケメンだと思う。死ぬが、死ぬときの演技すら良い(記事によると、今カザフでもロシアでも人気になりつつあるらしい)。

↑ 兄役のアリシェル・イスマイロフが出てる動画

ルームメイト役のアザト・ジュマジル

物語の最初と最後が聖書の引用(朗読)で挟まれる格好になっており、監督のこだわりを感じさせるのだが、私の知識ではそれがどう機能しているのか分からず、今のところ調べてもいない。そこは大事なところだと思うので、細かい部分で理解が追いついていないということは認めないといけない。仮に理解しがたいものであっても切実な感情で映画全体が駆動していて、若く魅力的な俳優たちがそれに説得力を与えていた。良い映画だと思う。

 

②『夜よ、止まれ!』

私が見た回は(それはちょうど本作の封切りの日で、映画館は街のど真ん中に位置するにもかかわらず)私含め2人しか客がいなかった。50代くらいと思われるそのもう一人の女性客は、なぜか自分の席が見つけられないらしく、私にチケットを見せて確認してきた。私が日本人だと分かると、なぜこんな映画を一人で見に来ているのかと興味を持たれ、上映後も道端ですこし話をした。


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英語教師だというこの女性によると、ミュージカル映画である本作で流れる音楽は、「Aスタジオ」というカザフスタンのバンドの楽曲のカバーで、1987年に結成されたそのバンドのファンである彼女はわざわざ初日に見に来たらしい。「A」というのは、アルマトイの頭文字なのだそうだ(ちなみに主人公の妻の名は街の名の由来でもある「アルマ=林檎」だった)。

予告編を見るとみなロシア語で喋っているのだが、実はほぼ全編カザフ語の映画で(よく見ると予告編で主人公がロシア語を発しているシーンは、Aスタジオの楽曲を歌っている部分以外ない)、ロシア語字幕もついていなかった(他のカザフ語映画だとついていて助かる)ので、何も分からずに見ていた。どうやらこの事情は現地人も把握していなかったらしく、「途中で入ってきてすぐ出て行った2人がいたでしょ?あの子たちもカザフ語が分からなかったんだと思う」とその英語教師は言っていた。実はこの人自身もロシア語のほうが得意で、カザフ語はカザフ人である祖母と話していたからある程度理解できるといったくらいのものだそうで、カザフ語作品だったことに若干文句がありそうだった。このあたりは映画自体がどうこうというより、カザフスタンにおけるロシア語/カザフ語の二言語状況の実例として興味深い。

女性の評価は「歌はAスタジオのものなのでもちろんよかったが、ストーリーは『3点』、まったくもって平均レベル」とのこと。それには私も同意で、物語は非常に平凡だった。バンドマンである主人公が才能を見出され国際的な活躍への道を切り開いていくが、それに従って群がってくる金や女に溺れているうちに、いつしか妊娠・子育て中の妻やバンドメンバーたちと距離が生まれ……というものだ。幸か不幸かその単純さゆえに、まったく分からないカザフ語で聞いていても話はほぼ理解できた。

さらに言うと、肝心のミュージカルとしての動きが、なんだか「静」と「動」の境がふわふわしていてキレを欠き、若干微妙だった気はするのだが、初めて聞いたAスタジオの曲は(それが何かは知らずに聞いていたわけだが)なかなか良くて、意外と退屈せずに楽しめた。Aスタジオの存在を知れたことが本作の収穫だろう。主演のオラル・ケメンゲルさんも、私としては結構かっこいいと思っている。


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③『ファーザー』

原題の「Көке」は、3月に『スチューデント父ちゃん』を見た時に覚えたカザフ語で、意味は「父」である。しかし本作ではどちらかというと「ゴッドファーザー」というときのそれだ。しがない国語教師だった主人公が、結婚を機に親戚関係を使って町の元締めである「ファーザー」に取り入り、「アキム(この地域の言葉で「首長」。知事とか市長くらいの立ち位置のようだ)」として出世していくが、やがて賄賂を受け取った廉で捕まりそうになる。そこで、危篤状態に陥ったその首領の葬式準備を利用して、逮捕を免れるために今度は当局に渡さなくてはいけない賄賂を公金からくすねようとするというコメディで、要は完全なる反汚職啓蒙作品、教育効果に全振りである。


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これもやっぱり、初めて見た主演のドゥリガ・アクモルダ氏の風貌と演技がなかなか良くて、そこそこ楽しめた。カザフスタンと言えば賄賂、というのはたぶん岡奈津子『賄賂のある暮らし』を日頃から読み慣れている全日本人が持っている謎の感覚で、失礼以外の何物でもないが、しかしまあ実際汚職には手を焼いているようで、道端で反汚職看板も見かけた。ともあれ、こういう作品を作って笑っていられるくらいならまだ事態はマシなのではないか。前のほうに座っていた女子たちが下ネタでめちゃくちゃ笑っていた。

汚職にNO!」の看板

 

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たまたま見られるものを3つ4つ見ただけのくせに軽々しく総論めいたことを述べてしまえば、カザフスタンにおける「父性」というものの強い価値を考えざるを得ないラインナップだった(あちらでタクシーに乗ると、95%くらいの確率で既婚か否かを聞かれるというあたりも関係していると言えば言えるだろう)。「家父長」という存在が抑圧と停滞の象徴として扱われ、父が反省することそのものがエンタメになったりする日本の状況からするとそれは「遅れ」と捉えられるのかもしれない(よそのことをとやかく言えた義理か、という話はさておき)が、3月に見た『スチューデント父ちゃん』しかり、カザフの大衆向け映画からは、善き「家父長」がそこにいて初めて物事が万全になる、という感覚がひしひしと伝わってくる。明白に国内向けのエンタメだった他三作と異なり、国際的な評価も見据えていそうな『兄弟』なんかは(兄弟の実の父らしき人物だけでなく、養子ではなく実の子をもうけるため妻を襲う、弟の義理の父親の粗暴さなども描くことで)そこに批判的に介入しようとしているのかもしれないが、それもやはり、そもそもの前提としてある「父の偉大さ」みたいなものを裏返しにしてそれを達成しようとしている節はある。

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ちなみに、地下鉄の構内など目立つところで『ソフィア』という、おじさんが若い女子にいきなりモテていそうな映画の広告を見かけ、話題作なのかと気になったが、残念ながら12日公開ということで見られなかった。おじさんが若い女子にいきなりモテているところを見たくなかったと言えば嘘になる。嘘は鳥になり、空を駆け巡る。

*1:異母兄弟と言っていたかどうか……いまいち自信がない。