夏きたりなば

夏やいうてからにモスクワはまいにち涼しいだのなんだのいうてしかし。 

しかしキリル・セレブレンニコフの『夏』を見る。二度見る。 

 

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ロシア、映画のチケット安いんですよね、500~600円くらい。よく行く映画館は時間帯によって値段がちがって、朝はやいと300円くらいだけど、朝はやく起きるためのエナジーは50万円に相当するので50万300円する。

 

 

80年代ソ連を代表するロックバンド「キノ」のボーカル、ヴィクトル・ツォイの話。ツォイの才能を見出して目をかけてやるのが、その時すでに有名バンドになっていた「ザーパルク」のマイク・ナウメンコで、ヴィクトルとマイク、そしてその妻であり前髪ぱっつんのナターリヤとの三角関係がまさにどうたらこうたらな、たいへん夏向きの映画である。 

なんかちょっと、『アマデウス』を思い出す。マイクはどう考えてもサリエリよりはいいやつだけど、下からすごい才能が出てきてなにもかも持っていく、みたいな痛切さがひしひしと伝わってくるという意味では。実はエンドロールではマイク役のロマ・ズヴェリ(歌手らしい)が一番上にクレジットされていて、そう考えるとこれはやはりマイクの映画なのかもしれない。 

予告編だけ見るとただの白黒映画だけど、実はすごく凝った現代的な演出のほどこされた映画で、見ないとわからない。見たらみんな気に入る。ぼくはむかしキノのベスト盤を1枚だけ買ってふんふんと聞いていたけど、べつにドはまりしたわけじゃないし、当時の英米ロックにもまるで疎いけど、本作で随所に挿入されるこれらの音楽が感動するほどいい雰囲気出してるので、キノにもソ連にもロックにも興味ない人でも、見たら気に入ると思う。 

ここ数年で見た映画の中で、個人的にはかなり上のほうに来るなあと思ってるんですが、これから見る人の興を殺ぐのもはばかられるので、大事なことはなにもいわないことにして、比較的大事じゃない部分のおもしろさを書く。ツォイたちがはじめてでかいホールでコンサートをやるにあたって、検閲のおばちゃんに歌詞を見せるシーン、そう、ソ連だから検閲があるですよ。検閲のおばちゃん(この人もちょっといい人っぽいのが、我々のイメージする「検閲」とはかけ離れている)は、「ソ連のロックというのは、ポジティブな思想を表現しないといけませんから!」みたいなことをいって、ツォイはアホらし、みたいな顔をしてるんだけど、周りがじゃあこれはアル中に反対する歌、これは「徒食」(ソ連では働かずだらだらしてることは文字通り罪ですよ)に反対する歌、みたいなことを適当に答える。おもしろい。若い客もみんな笑ってた。タルコフスキーの『鏡』で、印刷所で働く主人公の女性が、うっかりやばいもの印刷しちゃったんじゃないかと青ざめるシーンがあったけど、あれはスターリン時代だったからそうだったのであって、もう80年代にもなると、こういうグダグダな感じだったのかもしれない。あの若い客たちも、昭和だなあみたいな感じでソ連を見てるのかもしれない。 

『夏』は、カンヌ国際映画祭で審査員たちから軒並み高評価を得たことと、その映画祭にセレブレンニコフ本人が参加できなかったということで、日本の映画界隈でも話題になりつつあるみたいだ。あるみたいだから、日本で公開されるといいなと思っている。セレブレンニコフの映画が日本の映画館でかかったことがあるのかどうか知らないけど。監督がなんで祭りに来られなかったかというと、国からの助成金を横領したかどで逮捕された。これは最近政権に批判的な態度を取る監督に対するいやがらせなんじゃないかと噂されてる。とほほ。